荒木鴻歩「ソーシャルメディアにおける人気投稿の空間背景から考察する商業施設の設計提案 -ダイエー横浜西口店跡地開発事業を対象として-」
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❶計画意義
1-1.計画背景
商業施設は現在、シェアリングエコノミーやサブスクリプション方式の流行に加え、Eコマースサイト(以下EC)の台頭など、商品の購入や所有に対する社会背景の変化によってその在り方が問われ始めており、今後の商業施設では強力な来店動機が必要となると考えられる。また、昨今のコロナウイルスの影響によるECサイト利用の増加もあり、今後の消費者の商品の購入方法はより一層多様化していくと考えられる。このような背景から、商業空間の存在意義について今一度考察し、今日では空間利用の目的ともなりつつあるソーシャルメディア上での体験共有といった視点から、新しい商業施設の在り方を研究することに意義があると考えた。
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1-2.計画目的
本研究では、SNS上での共有されている商業空間を背景に撮影された画像の分析・研究を通して、人々が商業空間において感じている一般論としての空間の美的認識を抽出し、それらを設計手法に組み込むことで、商業空間自体が「居場所」や「空間体験」の場として目的地化するような空間の在り方及び設計手法を追究する。そして研究結果をもとに新たな商業施設への来店動機として昇華していくことを目的とする。
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❷分析・調査
2-1.「空間美的認識」の定義
メディア理論家のレフ・マノヴィッチによると、人々はSNSに画像を投稿する際、何かしら美的な認識を持つとしている。そのような中、写真家の大山顕は彼自身が著した論考の中で、高画質カメラ付きスマホの普及により、以前よりも建築畑以外の一般の方々が建築の写真を見たり撮影したりする機会が増えたとしている。そのような点から、本研究ではSNS上にあげられた空間の画像には人々の空間に対する美的な認識が存在するとして仮定し、これらの画像を分析の対象として研究を進めていく。
2-2.分析・調査の方法
調査は画像投稿型のソーシャルメディア「Instagram」で共有されている投稿を対象として、投稿画像における空間構成や配置、要素等を分析することで、人々の体験共有を誘発する空間的な因子を追究する。現存する19 世紀前半~現在までの延床1 万㎡以上の商業施設を20 施設選び、それぞれの施設のパブリックスペース、共用部、屋外庭園などで、その空間を背景に撮影された投稿を各施設10枚抽出し、合計200 枚のサンプルを収集した。(ただしテナント内における投稿や、壁面のみの投稿は除く。)
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2-3.分析結果
分析の結果、人々の投稿する空間のアングルには一定の傾向があり、それらは写真を撮る際の構図と関連していることがわかった。構図には様々な種類があるが、投稿された画像では以下に挙げるような12種類の構図が確認された。人々が構図を心地よく感じる現象には理由があり、米国の神経科学者V・S・ラマチャンドランが『神経美学』という分野の中で提唱した、人々が『心地良く』感じる法則が構図を構成する視知覚と重なっていることから、人々は本能的に構図に対して美的な認識を受けているとわかる。これはすなわち、構図を構成する空間を一般論としての『心地よい空間』と読み替えることができ、本研究では分析で得たアングルを設計手法に取り入れることで、人々が心地よく過ごせる商業空間を創出できると考えた。
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2-4.設計適用可能性
2.-2の分析から得られた構図に沿って空間を分類しモデル化すると、以下のような21種類の類型が得られた。これらのモデルを見てみると、空間を構成する建築要素のエッジが線を生み出し、構図を作り出しているとわかる。またこの線状の要素には、見る人の視線を導き動かす効果があるとされており、モデルケースにおいては視覚的な誘導、強調、想像、快楽などの効果が期待される。中でも放射線構図は包括的に他の構図も含み、指向的な効果がある。これらの効果は人々の来店動機の誘発や滞在の促進ともつながることから、商業空間の設計手法への転換に有効であると考えた。
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❸計画概要
3-1.計画敷地
本研究は、横浜駅近くのかつての商業施設跡地にて計画を行う。当該敷地を選定した理由は以下の3点である。
https://gyazo.com/c4ce467413562dd486300acd42e00173当敷地にはかつて、ダイエー横浜西口店と一部高層階が賃貸住宅となっている1972 年竣工の建物があったが、老朽化のため2019 年2 月に閉店。建て替え計画が進行している。敷地周囲には商業施設が多数あるほか、規模が様々なオフィスや雑居ビル群が密集しており、敷地南西側には居住エリアや教育関係・地域施設など住環境エリアが広がっている。東側にはみなとみらいエリアがあり、北側には道路を挟んで川が流れている。敷地近辺の環境は繁華街特有の雑然とした環境である。
3-2.配置計画
この建物は現在進行している建替計画準じた計画とし、プログラムは商業機能や飲食機能だけでなく、クリニックなど地域住民の利用も考慮したサービス機能も含めて構成する。
https://gyazo.com/56fd430d23c4348ee39f73ccd6bb866c商業機能の中でも、偶発的な来店が多く、ショーウィンドウなど視覚的なひきつけを必要とするファッションフロアを低層部に、視覚的にひきつける程ではないものの視覚的な店舗誘導を必要とするライフスタイルフロアを中層部に配置した。一方、⽬的的な来店可能性に期待できる飲⾷機能、およびユーザーが限定的であるサービス機能は⾼層部に、日常的な利⽤が予想される⾷品売り場の機能は、地上階からのアクセスの良い地階に配置している。
❹設計概要
4-1.設計手法
設計提案は、はじめに商業施設としてのボリュームの構成や動線を計画したうえで、施設内部の平面計画を以下に示すように3つの段階に分けて分析の適用を行った。https://gyazo.com/bebd0218042ce05ea77422724b3433b9
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❺提案
5-1.動線計画
動線計画は、分析で抽出した構図を適用した空間により、施設全体に来客者の動線を促す計画としつつ、以下①~④に示すように動線の効率化によって商業施設としての業務を行いやすい環境とした。
①客者用の動線であるエスカレーターは、異なるプログラムのフロアを結ぶ動線として多様な来客者層の流⼊を図る。
②スカレーターは構図を演出する要素としても活用し、上下階への意識と各フロアでの動線を誘発させて、動線を施設全体へ波及する計画とした。
③来客者⽤の3か所のコアは、避難動線も兼ねて、各機能にそれぞれ直通することで各機能の異なった利⽤時間にも対応できるような計画とした。
④地下駐車場には荷捌き・ごみ搬出スペースを設け、二つのコアで垂直に施設全体を結ぶことで効率的な搬⼊搬出が⾏える計画とした。
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また、施設のバックヤードは、敷地において既存の周辺建物が隣接し、視覚的な効果が発生しない北西面に設け、地下駐車場の西面には荷捌きスペース、北面にはごみ搬出スペースを設けた。これらを二つのコアで垂直に施設全体を結ぶことで効率的な搬⼊搬出が⾏えるような計画としている。来客者用の駐車場は機械式のものを採用し、現在進行している計画に沿って160台の駐車スペースを確保した。そしてB2階の東面には車いす用の駐車スペースを配置して、身障者の利用も考慮した計画としている。
5-2.立面計画
全体的な立面の計画としては、商業、サービス、飲食の各プログラムを積層したうえで、建物の特徴的な形状を外観として強調される中~高燥の位置に配することで、本研究の分析における「視覚的な強調」によって周辺歩⾏客の視線を惹きつけ、視覚的な⼼地よさを与えつつ施設へと誘導する計画とした。
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低層部は周辺歩行者からの視線が目に届きやすい位置であるためガラスウォールに囲まれた立面とし、中層部は景色の眺望などが必要とされることが少ないことから、広告などを掲げる外壁に覆われた立面としつつ、内部の賑わいが表出する大開口を設けた。中~高層部は、みなとみらいの夜景など周囲の眺望を取り入れ、内部の賑わいが表出させる箱状及び円盤状のボリュームを設けて、施設利用者が景色や上層部の賑わいを求めて訪れるような場とすることでシャワー効果や滞在の促進を図った。
5-3.平面計画
平⾯計画は、以下に示すように分析で得た空間モデルの適⽤による視線の分散など視覚的な効果によって、フロア全体へと動線を波及する計画とした。(空間モデルは審査資料⑤参照)
現在、現物販売を行わない店舗が増加していることから、各店舗のバックヤードの⾯積は店舗面積に対して10%程度に抑え、売場の⾯積を広くとることで売場環境の改善に努めた。
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1階には駅からの利用客が多い南面をメインエントランスとし、上下型モデルの適用による3階まで連なる大階段を設けて上層階への意識を発生させる。北面エントランスには分断型モデルを適用し、⼤階段と2 階スラブが、3 階及び4 階のショーウィンドウを強調し、南面と同様に上層部への意識を発生させる。
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1階同様に2階以上にも構図を適用し、2~4階においては視線の分散による店舗誘導を、視覚的なひきつけの必要がない5階以上には快楽的な構図による滞在の促進を図っている。
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5-4.断面計画
構図を空間に適用したことで、様々な視覚的効果とともに、平面及び断面において多様な空間が表出され、その空間体験を偶発的に体験した人々が目的的に来店を繰り返すといった効果が期待できる。
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❻最後に
本研究によって得られた⼿法は、ソーシャルメディアという⼀時的な空間体験分析ではありますが、ソーシャルメディアにおける「映え」となる「構図」は、本能的な美しさをもとに認識している。つまり、この研究で得た視覚的な心地よさは、ソーシャルメディアの流⾏を超えて、たとえその流行が廃れても人々の中に残り続け、存在意義が問われることなく愛される空間となっていくのではないだろうか。
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【模型写真】
https://gyazo.com/924eb431f25cf7819b0d0c303013be0f
講評ここに入力